ヨーロッパは量子システムの開発をめぐる競争で大国に伍することできるだろうか?

今回は「ヨーロッパは量子システムの開発をめぐる競争で大国に伍することできるだろうか?」についてご紹介します。

関連ワード (不満、研究員、諸政府等) についても参考にしながら、ぜひ本記事について議論していってくださいね。

本記事は、TechCrunch様で掲載されている内容を参考にしておりますので、より詳しく内容を知りたい方は、ページ下の元記事リンクより参照ください。


TechCrunch Global Affairs Projectは、テックセクターと世界の政治がますます関係を深めていっている様子を調査した。

量子情報科学はテックセクターの研究分野において長いこと低迷を続けてきた。しかし、近年の進歩はこの分野が地政学的に重要な役割を担っていることを示している。現在、数カ国が独自の量子システムの開発を強力に推進しており、量子をめぐる競争は新たな「宇宙開発」といった様相を呈している。

米国と中国が開発競争の先頭を行く中、ヨーロッパの国々はなんとか遅れを取り戻さねば、というプレッシャーを感じており、いくつかの国々、そしてEU自体も大いに力をいれてこの領域への投資を推進している。しかしヨーロッパのこうした努力は、米国と中国という2つの技術大国に太刀打ちするには、遅きに失したということはないだろうか?また断片的でありすぎるということはないだろうか?

量子コンピューティングは、もつれや重ね合わせといった量子物理学(つまり、原子と亜原子スケールでの物理学)の直感に反する性質を利用しようとするもので、量子コンピューターはレーザーあるいは電場と磁場を使用して粒子(イオン、電子、光子)の状態を操作する。

量子システムの開発で最も抜きん出ているのは米国と中国で、どちらも量子「超越性」(従来のコンピューターでは何百万年もかかるような数学的問題を解く能力)を達成したと主張している。

中国は2015年以降、量子システムの開発を進めているが、これはEdward Snowden(エドワード・スノーデン)氏が米国の諜報活動について暴露し、米国の諜報活動の範囲に関する不安が広がった時期と重なっている。中国では米国の諜報能力に危機感を抱き、量子通信への取り組みを強化した。中国が量子研究にどれだけの研究費を費やしているかについて、さまざまな推測がなされていて定かではないが、同国が量子通信、量子暗号、ハードウェア、ソフトウェアにおける特許を最も多く持つ国であるということははっきりしている。中国が量子コンピューターに対する取り組みを始めたのは比較的最近のことだが、その動きはすばやい。中国科学技術大学(USTC)の研究者らが2020年12月、そして2021年6月にも「量子超越性」を達成したと、信用に足る発表を行っているのだ。

米国では、中国が2016年に衛星による量子通信技術を持つことを実証したことを受け、量子技術で中国にリードを許しかねないということに気がついた。そこで、Donald Trump(ドナルド・トランプ)前大統領は2018年、12億ドル(約1370億円)を投じてNational Quantum Initiative(国家量子プロジェクト)を開始した。そして、これがおそらく最も重要なことだが、大手テック企業が独自の量子研究に莫大な研究費を注ぎ込み始めた。1990年代に2量子ビットの初代コンピューターを発表したIBMは、現在量子コンピュータ「Quantum System One」を輸出している。Googleは、IBMに比べるとこの分野では新参であるものの、2019年に超伝導体をベースにした53量子ビットの量子プロセッサーで量子超越性を達成したと発表している。

中国、米国、そして他の諸国を開発競争に駆り立てているのは、量子コンピューティングに遅れをとった場合に生じるサイバーセキュリティ、技術、経済的リスクへの恐れである。

まず、完全な機能を発揮できる状態になった量子コンピューターを使えば、悪意を持つ人物が現在使用されている公開暗号キーを破ることが可能だ。従来のコンピューターが2048ビットのRSA暗号化キー(オンラインでの支払いを安全に行うために使用されている)を解読するのに300兆年かかるのに対し、安定した4000量子ビットを備えた量子コンピューターなら理論上、わずか10秒で解読することができる。このようなテクノロジーが10年を待たずして実現する可能性があるのだ。

第2に、ヨーロッ諸政府は、米国と中国の量子システムの開発競争に巻き込まれることで被る被害を恐れている。その最たるものが、量子テクノロジーが輸出規制の対象になることである。これらは同盟諸国間で調整されるだろう。米国は、冷戦時代、ロシアの手にコンピューター技術が渡るのを恐れてフランスへの最新のコンピューター機器の輸出を禁止した。このことを、ヨーロッパ諸国は記憶している。この輸出禁止を受け、フランスでは国内でスーパーコンピューター業界を育成し支援することになった。

今日、米国と提携するヨーロッパ側のパートナーは、テクノロジーにまつわる冷戦の中で、第三の国々を通じた重要なテクノロジーへのアクセスや第三の国々とのテクノロジーの取り引きに苦労するようになるのではないかと懸念している。米国は、規制品目を拡大するだけでなく、ますます多くの中国企業を「企業リスト」に加え(2021年4月の中国スーパーコンピューティングセンターなど)、それらの企業へのテクノロジーの輸出を、米国以外の企業からの輸出も含め阻む構えだ。そして規制がかけられたテクノロジーが増えるなか、ヨーロッパの企業は自社の国際バリューチェーンが被っている財政上の影響を感じている。近い将来、量子コンピューターを作動させるのに必要なテクノロジー(低温保持装置など)が規制下に置かれる可能性もある。

しかし中国に対する懸念もある。中国は、知的財産権や学術面での自由の問題など、諸国の技術開発に対し別の種類のリスクをもたらしており、また中国は経済的強制に精通した国である。

第3のリスクは、経済上のリスクである。量子コンピューティングのような世の中を作り変えてしまうような破壊力を持ったテクノロジーは業界に巨大な影響をもたらすだろう。「量子超越性」の実証は、科学ショーを通した一種の力の見せあいだが、ほとんどの政府、研究所、スタートアップが達成しようと取り組んでいるのは実は「量子優位性」(従来のコンピューターを実用面で上回るメリットを提供できるよう、コンピューティング能力を上げること)である。

量子コンピューティングは、複雑なシュミレーション、最適化、ディープラーニングなどでのさまざまな使い道があると考えられ、今後の数十年で大きな利益をもたらすビジネスになる可能性が高い。何社かの量子スタートアップがすでに上場され、これに伴い量子への投資フィーバーが起きつつある。ヨーロッパは21世紀の重要な領域でビジネスを成り立たせることができなくなることを恐れている。

ヨーロッパは、世界的量子競争においては、その他の多くのデジタルテクノロジーとは異なり、好位置に付けている。

英国、ドイツ、フランス、オランダ、オーストリア、スイスは大規模な量子研究能力を持ち、スタートアップのエコシステムも発達している。これらの国々の政府やEUは量子コンピューティングのハードウェアやソフトウェア、および量子暗号に多額の投資を行っている。実際に英国では、米国や中国よりずっと早い2013年に、National Quantum Technologies Program(国家量子テクノロジープログラム)を立ち上げている。2021年現在、ドイツとフランスは量子研究および開発への公共投資でそれぞれ約20億ユーロ(約2600億円)と18億ユーロ(約2340億円)を投じるなど、米国に追随する形となっている。Amazonは、フランスのハードウェアスタートアップAlice & Bobが開発した自己修正量子ビットテクノロジーに基づいた量子コンピューターを開発してさえいる。

では、ヨーロッパが米国や中国を本当の意味で脅かす立場になるのを妨げているものはなんだろうか?

ヨーロッパの問題として1つ挙げられるのは、 スタートアップの出現を促すのではなく、それらを保持することである。最も有望なヨーロッパのスタートアップは、ベンチャー資金が不十分なことから、ヨーロッパ大陸では伸びない傾向がある。ヨーロッパのAIの成功話には注意が必要だ。多くの人は、最も有望な英国のスタートアップであるDeepMindをGoogle(Alphabet)がいかに買収したかを覚えているだろう。これと同じことが、資金を求めてカリフォルニアに移った英国の大手スタートアップであるPsiQuantumで繰り返されている。

このリスクを解消するために、ヨーロッパ諸国政府やEUはヨーロッパの「技術的主権」を打ち立てることを目標に新興の破壊的創造性を備えたテクノロジーに関するいくつかのプロジェクトを立ち上げた。しかし、ヨーロッパはヨーロッパが生み出したテクノロジーを導入しているだろうか?ヨーロッパの調達規則は米国の「バイ・アメリカン法」と比較して、ヨーロッパのサプライヤーに必ずしも優位に働くわけではない。現在EU加盟国は、ドイツが最近IBMマシンを導入したように、より高度な、あるいは安価なオプションが存在する場合、ヨーロッパのプロバイダーを利用することに乗り気ではない。こうしたあり方は現在ブリュッセルで交渉が続いている、公的調達市場の開放性に相互主義の原則を導入するための新しい法案、International Procurement Instrument(国際調達法)が可決されれば、変わるかもしれない。

政府だけでなく、民間企業も、どのように投資し、どこと提携し、どのようにテクノロジーの導入を行っていくかの選択を通し、今後の量子業界を形作っていく上で、重要な役割を担うだろう。1960年代、70年代にIBMシステムを選択するという決定をしたことが、その後の世界的コンピューティング市場の形成に長期的な影響を及ぼした。量子コンピューティングにおいて同様の選択をすることは、今後何十年にもわたってその領域を形作ることになる可能性があるのだ。

現在、ヨーロッパは、ヨーロッパに世界的なテックファームがほとんどないことについて不満に思っているが、これは早い段階でテクノロジーをサポートし導入することが重要であることを示している。ヨーロッパが今後量子をめぐって米国や中国に対抗していくためには現在の勢いを維持するだけではなく、増強して行かなければならないのだ。

編集部注:本稿の執筆者Alice Pannier(アリス・パニエ)氏はフランス国際関係研究所(IFRI)の研究員で、Geopolitics of Techプログラムを担当。最新の報告書は、欧州における量子コンピューティングについて考察したもの。また、欧州の防衛・安全保障に関する2冊の本と多数の論文を執筆している。

画像クレジット:Olemedia / Getty Images(Image has been modified)


【原文】

The TechCrunch Global Affairs Project examines the increasingly intertwined relationship between the tech sector and global politics.

Quantum information science has long languished in an academic corner of the tech sector. But recent advances mean that the sector has taken on geopolitical significance. With several nations rushing to develop their own quantum systems, the quantum competition has started to resemble a new “space race.”

With the U.S. and China leading the way, European countries are feeling the pressure to step up their game, and several countries, as well as the European Union itself, have made a big push to invest in this space. But are European efforts too late and too fragmented to compete with the two tech giants?

U.S.-China: A race to the quantum advantage and beyond

Quantum computing seeks to exploit the counter-intuitive properties of quantum physics (that is to say, physics at the atomic or subatomic scale), such as entanglement and superposition. To do so, a quantum computer manipulates the states of particles (ions, electrons, photons) using lasers or electric and magnetic fields.

The United States and China have the most advanced quantum capabilities, with both claiming to have reached “quantum supremacy,” i.e., the ability to solve mathematical problems that would take a classical computer millions of years.

China’s efforts have been ongoing since around 2015, when the Edward Snowden revelations prompted anxiety over the extent of U.S. intelligence activities. Anxious about American capabilities, Beijing intensified its focus on quantum communications. Estimates of China’s spending on quantum research vary, but the country is the leading holder of patents in quantum communication and cryptography hardware and software. Chinese efforts in quantum computers are more recent, but Beijing has been moving fast. In December 2020 and again in June 2021, researchers from the University of Science and Technology of China (USTC) made credible claims to have achieved “quantum supremacy.”

Washington woke up to the possibility of China’s lead in quantum technologies when Beijing demonstrated its capacity in satellite-based quantum communications in 2016. In response, then-President Donald Trump launched a $1.2 billion National Quantum Initiative in 2018. Meanwhile — and perhaps most importantly — big technology firms started pouring huge sums into their own quantum research. IBM, which introduced the first two-qubit computer in the 1990s, is now exporting its Quantum System One machine. Though newer to the field, Google claimed to have achieved quantum supremacy in 2019 with a 53-qubit quantum processor based on superconductors.

Technologies with geopolitical implications

Driving China, the U.S. and other countries is a fear that lagging behind in quantum computing will pose cybersecurity, technological and economic risks.

First, a fully functioning quantum computer could allow an adversary to break any public encryption key currently in use. While it would take a classical computer 300 trillion years to crack a 2,048-bit RSA encryption key (used to secure online payments), a quantum computer with 4,000 stable qubits could in theory do the same in just 10 seconds. Such technology could be less than a decade away.

Second, European governments fear the consequences of becoming caught between American and Chinese quantum competition. Chief among those is quantum tech becoming subject to export restrictions. These should be coordinated among allied countries. Europeans remember how the U.S. embargoed the export of state-of-the-art computer equipment to France during the Cold War for fear that the technology could fall into Soviet hands. This motivated France to develop and support a national supercomputer industry.

Today, America’s European partners are concerned that in a tech cold war, they may struggle to access critical technologies or trade technologies with third countries. In addition to expanding its list of controlled items, the U.S. is adding more and more Chinese organizations to the “Entity List” (e.g., Chinese supercomputing centers in April 2021), thereby blocking technology exports — including from non-U.S. companies — to those entities. And as the list of restricted technologies grows, European companies feel the financial consequences in their international value chains. In the near future, some enabling technologies needed to make quantum computers work — such as cryostats — could be placed under control too.

But there are concerns about China as well. China has posed other types of risks to countries’ technological development, including challenging intellectual property rights and academic freedom, and it is well versed in economic coercion.

A final risk is economic. A disruptive technology like quantum computing will have massive industrial implications. While demonstrating “quantum supremacy” may constitute a scientific show of force, most governments, research labs and startups are in fact seeking to harness the “quantum advantage” — i.e., an acceleration of computing power sufficient to provide an advantage compared to classical machines for practical applications.

Considering its many use cases in complex simulation, optimization and deep learning, quantum computing will likely become a thriving business in the decades to come. Some quantum startups are already starting to go public in what is becoming a quantum investment frenzy. Europeans fear losing out on what stands to be a significant part of the 21st century economy.

Is Europe up to the task?

Unlike in most other digital technologies, Europe is well positioned in the global quantum race.

The U.K., Germany, France, the Netherlands, Austria and Switzerland all have significant quantum research capacities and flourishing startup ecosystems. Their governments, as well as the European Union, are making significant investments in quantum computing hardware and software and in quantum cryptography. In fact, the U.K. launched its National Quantum Technologies Program in 2013, well before the U.S. and China. As of 2021, Germany and France are just behind the U.S. in terms of public investment in quantum research and development, with approximately €2 billion and €1.8 billion, respectively.  Amazon is even developing a quantum computer based on a self-correcting quantum bit (qubit) technology discovered by the French hardware startup Alice & Bob.

So, what stands in Europe’s way to become a serious challenger to the U.S. and China?

For one, the challenge for Europe is less fostering the emergence of startups but keeping them. Most promising European startups have a tendency not to grow on the continent due to inadequate venture capital. Europe’s AI successes are a cautionary tale; many recall how Google (Alphabet) acquired DeepMind, one of the most promising British startups. The story is repeating itself with PsiQuantum, a leading British startup, which settled in California in search of capital.

To counter that risk, European governments and the European Union have launched several initiatives in emerging and disruptive technologies with the goal of building European “technological sovereignty.” But then, does Europe even adopt its own technologies? EU procurement rules do not necessarily favor European suppliers in contrast to the U.S. “Buy American Act.” Today, EU member states are reluctant to favor European technology providers when more advanced or cheaper foreign options exist, as Germany recently did with its acquisition of an IBM machine. This may change with the International Procurement Instrument, a new piece of legislation currently being negotiated in Brussels, which would introduce a principle of reciprocity in the openness of public procurement markets.

Alongside the government, private companies will play a key role in shaping the future quantum industry through their choices of investments, partnerships and adoption of technologies. The choice to opt for IBM systems in the 1960s and 1970s has had a lasting effect in structuring the global computing market. Similar choices in quantum computing have the potential to shape the field for decades to come.

The dissatisfaction in Europe today about the scarcity of world-leading European tech firms only underscores the significance that early choices in the support for and adoption of technologies can have. If Europe is to be competitive in quantum with the U.S. and China in the years to come, it must not just maintain its current momentum but increase it.

(文:Alice Pannier、翻訳:Dragonfly)

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