AI時代の相続はどうなる? 可能性と限界、専門家の未来を考察

今回は「AI時代の相続はどうなる? 可能性と限界、専門家の未来を考察」についてご紹介します。

関連ワード (オフトピック等) についても参考にしながら、ぜひ本記事について議論していってくださいね。

本記事は、ZDNet Japan様で掲載されている内容を参考にしておりますので、より詳しく内容を知りたい方は、ページ下の元記事リンクより参照ください。


(この記事は朝日新聞社が運営するポータルサイト「相続会議」からの転載です。)

テクノロジーが急速に進化する中、相続手続きにおいてもAI(人工知能)の活用が広がっています。今後、AIは相続手続きをどう変えていくのでしょうか? 税理士や弁護士などの専門家の業務におよぼす影響や、AIを取り巻く現状と未来について、元国税専門官でライターの小林義崇氏が独自の視点から考察します。

ここ10年ほど、「AIが人間の仕事を奪う」という懸念が急速に高まってきたと感じます。私はインタビューライターとして、様々な業界の方を取材しているのですが、AIによる影響は必ずといっていいほど話題に上るテーマです。

こうした懸念が広がる大きなきっかけになったと考えられるのが、2013年にオックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授らが発表した、「雇用の未来(The Future of Employment)」と題する研究論文です。

これによると、仕事のコンピュータ化によって、「米国の全職業の約47%が自動化のリスクにさらされている」といいます。702種の職種についてコンピュータ化のリスクが低いものから順位付けが行われており、その中から相続に関連しそうな職種を抜粋したものが次の表です。

また、2015年12月には、野村総合研究所(NRI)がマイケル・A・オズボーン准教授らと行った共同研究も発表されました。ここでは、10〜20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、AIやロボットなどが代替することが可能との推計結果が示されています。

これらの研究が発表されて10年程度経った今、実際にChatGPTをはじめとする生成AIが私たちの仕事を大きく変えようとしています。では、AIがますます台頭する将来、相続手続きについてはどうなっていくのでしょうか? ここから私なりに検証をしたいと思います。

テクノロジーの進化にともない、すでにAIを使って相続手続きをサポートするサービスが出てきています。たとえば、遺言の内容をAIにチャット形式で入力すると、法律要件に合った遺言書の下書きを作成してくれるサービスなどです。

このような便利なサービスが出てきているものの、私は、相続手続きのすべてをAIが代替できるとは考えていません。そのことを理解するためには、AIが得意とする領域と、そうではない領域を区別する必要があるでしょう。

なお、AIという言葉には確立した定義はありませんが、本記事では総務省の「令和元年版情報通信白書」の説明を元に、以下のいずれかを指すものとします。

このAIのベースとなっているのが、データです。インターネットなどから収集した大量のデータを機械学習し、そのデータを応用することで、AIは新たなアウトプットを生み出すことが可能となっています。

たとえば、農業で最適な収穫時期の予測をする。チャットボットで24時間365日のカスタマーサポートを提供する。このようなことはAIが得意とすることであり、実際に活用が進んでいます。もし税理士の業務にAIを活用しようとすると、次のような業務を効率化できるでしょう。

昨今のAIに関するトピックといえば、やはり生成AIの進歩は外せません。2022年11月にOpenAI社がプロトタイプを公開したChatGPTが、その性能の高さから大きな注目を集めました。

ChatGPTの最大の特徴は、人間が自然と感じられる回答を生成できる点にあります。機械学習によって幅広い分野の質問に答えてくれるため、さまざまな業界で導入が進んでいます。

相続に関する相談も、ChatGPTに聞けばそれらしい答えを返してくれます。では、ChatGPTを使って相続税申告書を作ることは可能なのでしょうか? 実際に最新モデルの「GPT 4o」を使って試してみたいと思います。

まず、相続税申告書を作成したいことを伝えると、相続開始日などの情報を求められました。これらが申告書作成のために必要なのは間違いありません。必要書類の案内もあるのは親切ですね。

ただ、この続きを入力しようとすると、普通の人は手が止まると思います。「法定相続人とは誰なのか」「不動産などの財産をどう金額換算するか」といったことで迷ってしまうでしょう。

ともあれ、ChatGPTに求められた「1.相続開始日」「2.被相続人の氏名、住所、職業」「3.相続人の氏名、住所、続柄」「4.被相続人の遺産内容(不動産、預貯金、有価証券、その他財産」「5.債務や葬儀費用の内容」を入力しました(登録した情報は、名前、金額を含めすべて筆者の創作です)。

すると、相続税の計算ステップに沿って、課税遺産総額(相続税の課税対象となる財産の総額)や相続税額を一瞬で算出してくれました。 

そして最後に「申告書の記入例をください」と指示すると、「相続税申告書(第一表)」の記入例が示されました。

しかし、ここで出された計算結果や申告書の記入例には明らかな間違いがあります。まず、相続税は、各相続人が相続した遺産の割合によって調整する必要がありますが、単純に相続人の数で割った形で算定されています。また、財産の評価額も第1表の記入例に記載されていますが、本来は第11表に記載しなくてはいけません。

つまり、ChatGPTの言うとおりに相続税申告書を作ると、誤った内容になってしまいます。もしもこのまま相続税申告書に記載して提出したとしても、税務署からやり直しを求められることになるでしょう。

また、配偶者の税額軽減や小規模宅等の特例などの相続税額を減らす特例が、ChatGPTの計算では一切考慮されていないことも気になりました。一応、こちらから特例を使うよう指示をすれば再計算してもらえるのですが、指示を行う人が特例の存在を知らなければどうしようもありません。

実際にChatGPTで相続税申告書を作ってみて、やはりAIだけで相続手続きを済ませることは現実的ではないと思いました。今後も、税金については税理士、登記手続きは司法書士といったように、引き続きプロの力を頼るのが基本となるでしょう。

私はこれまで、数々の税理士の方を取材してきました。そこで感じるのは、AIに対して前向きな反応がほとんどということです。

そもそも、昨今生成AIが話題になる以前から、ソフトウェアを用いた業務の自動化に取り組む会計事務所は少なからずありました。税理士受験生の減少が続き、人材不足が起きている中で、「機械に任せられる業務は、機械に任せる」という意識が高まっていたのです。

AIによって定型業務を効率化しつつ、生まれた時間で顧客のコンサルティングに力を入れる。簡単な質問はAIを使ったチャットボットで対応し、人間は複雑な問題の検証を行う。そのような形で、士業の仕事は、より専門性を生かしたものに今後シフトしていくと考えられます。

なお、トムソンロイターが2024年に発表した「Generative AI in Professional Services」(専門家のサービスにおける生成AI)によると、税務および会計の専門家の約4分の1がすでに業務に生成AIを取り入れているといいます。具体的には、データ入力の自動化、税務研究、不正検出、予測分析などの分野で活用されているとのことです。

日本の状況については、日本税理士連合会が現在とりまとめている「第7回税理士実態調査報告書」において、「生成AIの活用」についての質問項目が新たに設けられたため、徐々に実情が明らかになるでしょう。

先に説明した研究論文「雇用の未来(The Future of Employment)」では、税務申告書作成者や法務秘書・法律事務職員がコンピュータ化に対して高リスクであったのに対して、弁護士は低リスクと評価されていました。このことが、今後の相続手続きや、専門家の未来を占うヒントになると思います。

この研究論文では、弁護士の仕事のうち、契約書作成や文書検索などの定型作業は自動化のリスクが高いと評価されていました。その一方で、複雑な法的推論や、クライアントとの対面コミュニケーションなどは、引き続き人間の弁護士が担う可能性が高いとされています。

より最近の研究では、2023年6月にスタンフォード大学などの共同研究として発表された「Large Language Models as Tax Attorneys: A Case Study in Legal Capabilities Emergence」(税理士における大規模言語モデル:法的能力創出のケーススタディ)という論文があります。

これによると、AIの分野の一つである大規模言語モデルが、税法の解釈において高いパフォーマンスを発揮を示しています。しかし、そのためには法的文脈を踏まえた適切なプロンプトで指示を行う必要があるといいます。ということは、法律をほとんど知らない人が、複雑な法的問題に対してAIで正しい答えを導き出すことはできないでしょう。

これらの研究結果を踏まえると、AIが士業の業務に及ぼす影響は前向きなものであると考えられます。定型業務の効率化や法的判断のヒントとするために、専門家がAIを活用する未来が来るとしても、人間でなければ行えない業務は必ず残るでしょう。

ちなみに、「雇用の未来(The Future of Employment)」が、706の職種のなかで最もデジタル化のリスクが低いと評価したのは、レクリエーショナル・セラピストでした。これは、アートやスポーツ、音楽などを使って患者の回復をサポートする仕事です。

これは私見ですが、税理士などの専門家も、レクリエーショナル・セラピストに似た側面があります。とくに相続手続きの場合、法律的に正しくとも、節税できるとしても、家族感情からは別の選択肢がふさわしい状況があります。そのような繊細な要素をくみ取って、多面的なアプローチで最適な選択肢を提示できるのは、人間にしかできないことではないでしょうか。

今後、少子高齢化を迎える日本では、相続手続きをサポートする人間が減る一方で、相続の問題を抱える人は増えていくことが予想されます。そうしたなかで、専門家とAIが協力し、より円滑に相続手続きが実現する未来が訪れることを願っています。

(記事は2024年7月1日時点の情報に基づいています)

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