「日本企業復活の足掛かりに」–SaaS版「S/4HANA」を第一の選択肢として訴求するSAPの狙い

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 SAPジャパンは2022年10月に開催した統合基幹業務システム(ERP)「SAP S/4HANA Cloud」の説明会で、今後はパブリッククラウド版を「第一の選択肢」として顧客に訴求していくと表明した。同社のERP戦略について、SAPジャパン バイスプレジデント RISEソリューション事業統括の稲垣利明氏に改めて聞いた。

 同氏によると、SAPは10年ほどかけてクラウド事業を強化してきた。クラウドベンダーの買収が起点となり、直近の7~8年はSAPの主力事業となるERPのクラウド化にも注力してきた。その背景にあるのが「2025年の崖」になる。

 稲垣氏は「ITシステムに『技術面の老朽化』『システムの肥大化・複雑化』『ブラックボックス化』などの問題があり、その結果として経営・事業戦略上の足かせや高コスト構造の原因となっている」と語る。レガシーシステムがこうした状態に陥り、デジタルトランスフォーメーション(DX)の足かせ、つまり戦略的なIT投資に資金や人材を振り向けられていない状態になっている。

 また、企業が各事業の個別最適化を優先した結果、システムが複雑となり、企業全体での情報管理やデータ管理が困難になっていたり、日本ではユーザー企業よりもベンダー企業の方にITエンジニアが集中していたりなど、実にさまざまな課題を抱えているという。

 「国内企業では、大規模なシステム開発を行ってきた人材の定年退職の時期が過ぎ、そうした人材に属していたノウハウが失われ、システムのブラックボックス化が進展している。加えて、国内にはスクラッチ開発や汎用パッケージでもカスタマイズを好むユーザー企業が多く、個々のシステムの独自のノウハウが存在するようになってしまった。これが何らかの理由で消失したときにブラックボックス化してしまうリスクもある」と稲垣氏は指摘する。

 そうした背景から、日本政府は「クラウド・バイ・デフォルト原則」の方針を示し、政府機関が情報システムを構築する際に、クラウドサービスの利用を第一に検討すべきとする考え方を明確にしている。

 SAPは、2012年に人材管理SaaSのSuccessFactorsを買収したのをクラウド戦略の第一歩とし、現在は同社ビジネスの本丸となるERPのクラウド化を推進しており、「最後の総仕上げ」に向かっているという。2025年にグローバルで合計360億ユーロの売り上げを目標としており、その3分の2に当たる220億ユーロをクラウド事業の売り上げで占めようとしている。

 このようにSAPでは、「ドラスティックなクラウド化」(稲垣氏)を推進する中で、重要な戦略の1つとなるのが2021年に発表した「RISE with SAP」になる。RISE with SAPは、S/4HANA Cloudを中核に、既存システムからの移行支援ツールや統合開発環境「SAP Business Technology Platform」(BTP)、ビジネスネットワーク「SAP Business Network」などを組み合わせて提供する。

 BTPは、データ管理、アナリティクス、人工知能(AI)、アプリケーション開発、自動化、統合などの機能を提供するレイヤーで、ERPのコア部分とアドオン/周辺システムを分離する役割を担っている。Business Networkは、企業同士のシステムをつなげていくもので、SAPでは2012年に買収したAribaで企業間取引のネットワークを運営してきた。Business Networkは現在、190カ国、数百万の企業が参加し、年間4.9兆ドル、7億3000万件超の企業間取引が行われているという。

 SAPでは、インテリジェントでサステナブルな企業への変革を提唱しており、そのために必要なソリューションやテクノロジーの製品群を包括的に提供するのがRISE with SAPの狙いになるとしている。

 S/4HANA Cloudには、プライベートクラウド版とパブリッククラウド版の2つがある。プライベートクラウド版は個社専用の利用環境を提供し、パブリッククラウド版は複数の企業が共同利用する環境を提供する。SAPジャパンでは現在、パブリッククラウド版の展開に注力している。

 稲垣氏は「(クラウドとオンプレミスの)本質的な違いは、作らずに使う仕組みにある」といい、「既存の業務を円滑に回すシステムをどう作ればいいかを考えるのではなく、将来の変化に柔軟に対応し、イノベーションに投資していけるようにするためには、今あるものをいかに使い倒していくか、という風に考え方そのものから変えていく必要がある」と話す。

 その上で、同氏は「ERPの新規導入あるいは再導入を検討している企業に対しては、第一の選択肢としてパブリッククラウド版を提案していく」と話す。SAPジャパンでは、新たに専任営業部隊を組織した事業推進体制の強化とともに、パートナーエコシステムの強化・拡大を図っていく方針だという。

 パートナーエコシステムの拡大では、「ミッドマーケット(中堅中小企業)領域を中心に、クラウド再販を前提とした、パートナードリブンなエコシステムの確立」「今後大幅な伸長が予想される新規導入プロジェクトに対応可能なパートナーエコシステムの拡大」「パートナーエコシステムの募集イベントの開催」を挙げる。稲垣氏によると、2022年12月に開催したパートナーの募集イベントには60社超が参加し、現在は個別に対応を進めているとのこと。

 パブリッククラウド版には、日本で求められる機能が拡張されている。1つは製造業向け機能の拡充であり、自動車サプライヤー、ハイテク、産業機械向けの機能が追加された。もう1つは、機能拡張手段の追加で、開発言語「ABAP」(Advanced Business Application Programming)を用いたプログラミングによって、クラウドシステム上でのカスタム機能開発が行えるようになった。

 これまで、標準機能ではカバーできない業種あるいは顧客固有の要件に対応するため、「In-App拡張」と「Side-by-Side拡張」と呼ばれる2つの拡張方法が用意されていた。In-App拡張は、顧客独自の項目やビジネスロジックの追加、カスタム分析の追加作成といったカスタマイズを、ローコード/ノーコードで行う拡張ツール。Side-by-Side拡張は、BTPを用いてアプリケーションを開発し、公開APIを介してS/4HANA Cloudと接続するという形で利用される。

 新たなカスタム機能開発では、拡張の柔軟性を大幅に高めるもので、近年急速に強化された製品標準機能と併せて、販売業務や製造業務といった業種あるいは顧客固有の要件が見られる領域にも十分に対応可能なものとなっているという。また、公開オブジェクトを使用した開発手法を採用しており、将来的な製品更新の影響を受ける心配がないとしている。ABAPを用いた業種別の機能開発については、パートナー企業による開発を中心に進めていく方針となっている。

 稲垣氏にパブリッククラウド版の導入状況について聞いたところ、中堅中小企業をホワイトスペース(空白地帯)としてソリューションの展開に注力しているほか、既存の大企業ユーザーの子会社や海外拠点に導入するパターンがある。

 また、オンプレミスの既存ユーザーが、パブリッククラウドで再導入を検討しているパターンも出てきたという。「(既存システムの)導入当時にいろんなしがらみがあってできなかったこと、やってしまったことを1回リセットして、きれいな状態で再導入という声もある。それだったら、パブリッククラウドで、Fit to Standardの形でやり直そうというお客さまが出始めている」(同氏)

 「日本企業は決して変化に強いタイプではないと思っているが、追い詰められた時の底力や馬力はものすごいものがあると信じている。日本人の一人一人を見ればとても優秀で、それが原動力でもある」といい、「パブリッククラウド型のERPをFit to Standardで導入し、しっかり使い倒していただくことで、日本企業の底力を上げていき、復活の足掛かりを得る一助になれるのではないかと考えている」(同氏)

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